レイクブルーの琵琶湖に佇む、
滋賀県最古の
神社・白髭神社の湖中鳥居
滋賀
琵琶湖からの贈りもの
湖東・大津の
水資源をめぐる旅
滋賀県の6分の1の面積を占める、国内最大の淡水湖・琵琶湖。別名“マザーレイク”とも呼ばれる美しい湖は、古代からさまざまな命や文化を育んできました。県内は琵琶湖を中心に湖南、湖北、湖東、湖西の4つの地域に分かれており、今回はその中から2つのエリアをご紹介します。
1つは、日本で唯一の有人淡水湖島で、豊かな湖魚が水揚げされる「沖島」があり、豊臣秀次が築いた城下町・近江商人の街並みと豊かな水辺の農村が交わる「湖東エリア」の近江八幡。
もう1つは比叡山延暦寺や日吉大社など、歴史ある寺社仏閣への観光の拠点となり、京都の洗練された懐石文化の影響も受けてきた「湖南エリア」の大津・おごと温泉です。そこには、琵琶湖の水の恵みを受けて発展してきた、独自の食文化が今も息づいていました。
豊かな水に恵まれて
発展した食文化
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滋賀県は、琵琶湖をはじめ、愛知川の源流にあたる鈴鹿の水脈から豊富な水資源に恵まれています。そのため、アユ・ビワマス・セタシジミなどの湖魚を捕る漁業や、稲作を中心とした農業が盛んです。近江米から米麹を作り、独自の発酵技術を用いた「熟れ鮨」や味噌、漬物、日本酒などの名産品も生まれました。酪農も盛んで、琵琶湖の水や山からの雪どけ水、栄養価が高い飼料により、絶妙な霜降り度合の近江牛は、日本最古のブランド牛とされ、全国屈指の銘柄牛として愛されています。秋から冬にかけては、琵琶湖を囲む山々で猟が行われるツキノワグマ、イノシシ、真鴨などのジビエ料理を目当てに滋賀を訪れる観光客も多いです。
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琵琶湖の沖合約1.5 kmに浮かぶ
「沖島」は日帰りで観光可能琵琶湖に浮かぶ「沖島」は
近江八幡の北端に位置する「沖島」は琵琶湖最大の島で、日本唯一の有人淡水湖島です。島に住む世帯の85%が漁業に従事していて、琵琶湖漁業全体の40%の漁獲量を誇ります。また、猫が多い“猫島”としても知られていて、猫好きの間では隠れた人気スポットとなっています。琵琶湖南東にある堀切港から船で10分程度で渡れるので、ノスタルジー溢れる島を散策しながら、人懐っこい猫たちにふれあってみてはいかがでしょう。
日本唯一の有人淡水湖島
乳酸菌と麹と酵母が
もたらした独自の発酵食
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「熟れ鮨」の代表格である
「鮒寿司」。
湖魚をご飯と塩で漬け込んで
熟成させる滋賀の郷土料理米と乳酸菌で湖魚を発酵させて作る「熟れ鮨」の中でも有名な「鮒寿司」は、今や滋賀県を代表する郷土料理となりました。それは、安土桃山時代までの滋賀県が、全国一位の石高を誇っていたことと、琵琶湖の湖魚の水揚げ高が限られていたことが大きく影響しました。
鮒寿司を作るには大量の米が必要となるため、石高に余裕がないと鮒寿司を仕込むための米が用意できない状況でした。また、琵琶湖は海と違い無尽蔵に湖魚が捕れるわけではないので、豊漁時にさばききれない湖魚を保存しておく必要がありました。この2つの条件が揃ったのが、全国では滋賀県だけだったことから、「熟れ鮨」が作られ、時を経て江戸時代の握り寿司へと発展していきました。 -
鮒寿司の魅力を語ってくれた
「ひさご寿し」の川西豪志料理長1300年以上の歴史を持つ
近江八幡で昭和36年に創業した「ひさご寿し」では、川西豪志料理長が、毎年土用の頃に鮒寿司を漬け込みます。鮒寿司は地域や店舗ごとに仕込む期間や味が異なりますが、こちらのお店では、2~3年間かけて熟成させたものを出しています。
日本最古の寿司
ひさご寿しの鮒寿司は、ご飯と塩と塩きり(塩漬けで数ヶ月熟成させたもの)された鮒の3種類しか使わないという昔ながらのシンプルな方法で漬け、ゆっくりと熟成させていくため、香りや酸味が実にまろやかで深みがある味わいが特徴です。 -
オーダーが入ってから
カットして出される鮒寿司鮒寿司は通常家庭で作られることが多く、滋賀県のさまざまな飲食店で広く提供するようになったのは、ここ10年くらいといいます。川西さんをはじめとする料理人の方々は、どういうふうに乳酸発酵させ、鮒寿司特有のにおいや味を整えられるのかと、試行錯誤を続け、ようやく納得できるものにたどり着くことができました。 -
「川西豪志自家製鮒寿し」
2,500円(税抜)と
地酒「松の司」「鮒寿し」は口に入れた瞬間、ふわっと熟成香が立ち、噛みしめるごとにその余韻が口いっぱいに広がっていきます。この逸品には、ぜひ同じ地元で作られた松瀬酒造の日本酒「松の司(まつのつかさ)」を合わせていただきたい。
「お酒も、どういう水と土で育ったお米で作られたのかが重要で、それによって食べ物との相性が変わります。同じ『松の司』でも、滋賀県の東側で獲れた米で作ったお酒が、うちの鮒寿しとよく合います」(川西さん)。確かに口に含むと、お互いの旨みや香りを引き出し合う組み合わせだと実感できます。
「ひさご寿し」では、1300年以上前から存在する寿司の原型である鮒寿司や、数ヶ月漬け込んだタイプの早熟れ寿司、細長く丸めた酢飯の上に魚や昆布を乗せて、巻き簾や布巾で形を整える棒寿司や、木枠で型押しして作る押し寿司、江戸時代後期に登場した握り寿司と、あらゆる種類の寿司メニューが揃っています。特に、棒寿司の「びわます棒寿し」はこの店ならではの人気メニュー。寿司の変遷と歴史を感じながら、味わうのも乙です。 -
滋賀県の特産・
「北之庄菜間引き菜醤油漬け」は
コースの中のメニュー。
単品でもオーダーできる稀少性の高い伝統の
滋賀県では、千年を越えて種をつないできた蕪や大根など、希少な伝統野菜が数多く作られています。北之庄菜は江戸末期からあった蕪で、昭和40年代に一度は自然消滅してしまいましたが、21世紀に入ってから種が発見されたことを機に、再び栽培されました。味が濃厚で甘みと辛味のバランスが絶妙な北之庄菜は、すりおろしたり、煮たり、炒めたりできる万能野菜として親しまれています。
滋賀県産野菜
伝統加工食品である赤こんにゃくや丁字麩も滋賀の名産品。赤こんにゃくの由来は諸説あるものの、織田信長から「赤くしろ」と命令されて作られたという一説が有力です。また、丁字麩は、豊臣秀次が安土城落城のあと、路頭に迷った楽市楽座の商人を近江八幡に呼び寄せて作らせたものといわれています。近江商人の街に合わせてデザインされ、四角くて日持ちがするし軽いので、戦地に持っていくのにも好都合だったようです。
近江八幡・湖東地域で古くから伝わる郷土料理「丁字麩の辛子和え」は、昔ながらの味付けで作られています。江戸時代に出汁(だし)の文化が始まる前は、この料理のように味噌と酢、素材だけを和えたものが食されていました。味噌の旨みと酢の酸味がよく染みた丁字麩の一品は、戦国時代の人々の創意工夫や知恵を今の世に伝えています。 -
「ひさご寿し」では地元の
九重味噌を使用ひさご寿しでは、鮒寿司の握り(600円/税抜)が1個から気軽にオーダーでき、寿司の単品メニューから、季節の食材を使った会席料理のコース、「からすみ」や「へしこ」(鯖のぬか漬け)などの珍味まで、多岐にわたるメニューが楽しめます。
「鮒寿司も含めてですが、伝統を受け継ぐことはすごく大事です。でも、人々の生活は時代を経て変わっていくし、琵琶湖の環境も守らなければいけない。たとえば天然の湖魚は素晴らしいけど、捕りすぎるとダメだから、養殖の開発もしていく必要がある。そういう意味で言えば、日々、ニーズとミッションを合わせて考えていかなければいけないと思います」(川西さん)。
古き良きものに敬意をはらいながら、時代に合わせた創作メニューも用意し、心温まるもてなしをしてくれるひさご寿し。ここでは滋賀の郷土料理の新しい魅力も発見できそうです。 -
ひさご寿し
【住所】滋賀県近江八幡市桜宮町213-3【電話】0748-33-1234【営業】[月・水~土曜日]11:00~21:00
[日]10:00~21:00
火曜定休(祝日の場合は営業・月に1~2回不定休) -
道の駅の日本酒コーナーも充実
味噌づくりに使われる麹と酵母は日本酒の
稲作が盛んな滋賀県では、近江米として、「みずがみ」「秋の詩」「滋賀渡船」「滋賀羽二重糯」などの滋賀独自の品種が作られています。琵琶湖大橋を望む「道の駅 びわ湖大橋米プラザ」では、その名のとおりいろいろな近江米が販売されています。
仕込みにも欠かせない
また、米どころの滋賀では、こだわりをもって作られた地酒も名産品となっています。琵琶湖を中心に東西南北に点在する酒蔵では、それぞれ酒質が異なるため、飲み比べをしてみると、それぞれの妙味が際立ちます。 -
道の駅びわ湖
大橋米プラザ【住所】滋賀県大津市今堅田3-1-1 琵琶湖大橋西詰め【電話】おいしやうれしや:077-574-6161 レストラン・売店:077-572-0510【営業】9:00~19:00
(10月・11月・3月:9:00~18:00 12月~2月:9:00~17:00)【定休日】なし(1月1日・12月31日休業)
京都の影響を色濃く残す
近江懐石
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コースの中の一品
「子持ち鮎焼すし 酢取茗荷
栗渋皮煮」大津のおごと温泉にある創業110年の老舗「近江懐石 清元」は、もともと隣町の堅田で川魚料理を出す料理旅館でした。5代目のご主人・清本健次さんの代になり 滋賀県独自の“近江懐石”を打ち出そうと、店名も2年前に変更しました。 -
旬の川魚を丁寧に焼いて盛り付ける清本さん
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コースの中の一品
「無花果とイワナの酒蒸し
赤芝おろし丘鹿尾菜煎り出汁」京都の流れを汲んだ
もともと川魚料理店だった背景から、季節に応じた川魚を網で焼いたり、炊合せにしたりと、素材を活かした調理法で繊細な一品を提供してきた「清元」。盛りつける器も、信楽焼や膳所焼、唐橋焼など、滋賀県産の焼き物で、料理の魅力を最大限に引き出す名脇役となっています。
上品で繊細な懐石料理
11月はイワナや、運が良ければ琵琶湖の天然大ウナギも堪能できます。 “じゅんじゅん”というすき焼きのルーツになった料理でいただく大ウナギは、非常に食べごたえのある逸品。また、野菜は、下仁田ネギのように甘くて太い信長ネギや、近江蕪を使ったメニューも登場します。
「今年の2月、近江で『日本料理アカデミー』滋賀メンバーを広く集め、飲食店や野菜の生産者、酒造など、地元の方々との意見交換や勉強会を始めました。そうすることで、地域の活性になることはもちろん、食材が増えることで、近江懐石をより探求していくことにつながるのではないか」と言う清本さん。地域の人々が一丸となって、滋賀の郷土料理を一層盛り上げています。 -
コースの中の一品
「近江牛醤油麹焼
草津葱 下田茄子 粟麩」近江牛をいち早く
清元では、近江牛がまだ馴染みがなかった頃から、いち早く日本料理店のメニューに取り入れてきました。醤油麹に漬け込んで焼いたり、せいろ蒸しにしたり、握り寿司にしたりと、さまざまな近江牛の一皿が登場します。
取り入れて
メニューを提供 -
「懐石料理 極み」
16,000円(税抜)。
他にも夜の会席は
3,800円(税抜)~中でも興味深いのが、鮒寿司を仕込む時に出る発酵した飯(いい)を使ったメニューの数々です。清本さんがイタリアで食べた、ブルーチーズと牛肉を合わせた料理から着想を得てたどり着いたもので、近江牛に飯を添えた握り寿司や、飯とアイスクリームを混ぜ合わせた塩キャラメルのような味わいのデザートなど、鮒寿司の新境地を切り開いたメニューとなっています。
また、店では年に4回ほど、日本酒や国産ワインと近江懐石をマリアージュする会も行っています。
近江牛のほか、通称「バームクーヘン豚」とも呼ばれている近江豚も人気食材のひとつ。老舗和菓子屋のバームクーヘンの切れ端などを餌に混ぜ、豊かな自然環境で育てられた豚は、甘みがあって柔らかく、脂肪にも旨みがあります。また、11月下旬からは、鴨やイノシシやツキノワグマなどのジビエ料理など、冬ならではのメニューも味わえます。 -
国内外からの評価が
高い「近江牛」
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見事なサシが入った
柔らかな近江牛に舌鼓甘みが強くきめ細やかな
おごと温泉で最初の旅館として昭和4年に創業した旅館「湯元舘」は、選りすぐりの近江牛をはじめ、地元産の食材を使った四季折々のコース料理が堪能できます。近江牛は肉の旨味を最大限に引き出すタレや、ミネラル豊富な岩塩でいただくと、美味しさもひとしお。また、会席料理には、近江の地鶏や、近江蕪、日野菜などの伝統野菜を使い、趣向を凝らしたメニューの数々がお目見えします。
サシが特徴
タイミングが良ければ、近江牛枝肉共進会や共励会などの近江牛の大会で、優等一席に選ばれた通称“チャンピオン牛”のコースもいただけます。「湯元舘」では仕入れにもこだわり、この認証近江牛を一頭まるごと購入。その貴重な肉をしゃぶしゃぶ、ステーキ、しぐれ煮など、多様なバリエーションで味わえます。このチャンピオン牛会席は11,900円(宿泊なし食事のみ/税抜)~。 -
「近江牛会席(夕食のみ)」
9,900円(税抜)朝日や夕日が
都会の喧騒を忘れ、琵琶湖の絶景を望む展望風呂でリラックスタイム。そんなラグジュアリーな休日にしてくれるのが、「湯元舘」自慢の7つの湯です。特に、ライトアップされ始めた夕暮れ時や、オレンジ色の朝日が差し込む朝方などが狙い目。野趣あふれる7つの湯巡りを心から満喫できます。
琵琶湖に映り込む絶景 -
琵琶湖が視界いっぱいに広がる
最上階の露天風呂 「月心の湯」琵琶湖の水の恵みを受けた食材や、伝統的な食文化が人々の手によって大切に受け継がれてきた滋賀県。湖魚や近江牛、伝統野菜だけではなく、古の時代から作られてきた、織田信長、豊臣秀次などの戦国武将にまつわる食材を使った郷土料理からは、地元の方々の情熱や心意気が大いに伝わってきます。
今回は、近江八幡と、おごと温泉という2つのエリアを訪れましたが、それぞれの地域で個性がありつつも、「古きを温ねて新しきを知る」という店舗の姿勢は一貫されていました。守るものはしっかりと守りながらも、新たな食の可能性を真摯に探求していく……。進化し続けていく老舗のメニューにぜひ舌鼓を打っていただきたいです。 -