札幌・函館

HOKKAIDO

北の大地で体験する
函館・札幌の
食文化に触れる旅

本州の最北端にあり、日本海・太平洋・オホーツク海に囲まれた北海道は、海の幸の宝庫です。その豊かな幸の中で、今や国内産はわずか10%以下の流通量になったといわれている「助宗鱈(スケソウダラ)」の卵や、北海道の先住民族といわれるアイヌが深く関わってきた「鮭」に焦点を当てて紹介します。

函館では北海道近海原卵のみにこだわった、たらこの加工業者や、助宗鱈を使用し斬新なメニューを提供するフレンチレストランへ。

札幌では日常の食卓に上がる鮭を「神の魚」として愛でてきたアイヌの歴史をひも解こうと、サケに特化した水族館や、アイヌの精神を受け継ぐオーガニックのレストランに伺いました。

道南の恵み「助宗鱈」の
魅力を辿る/函館

国内産がわずか10%と
なった「たらこ」の真価

  • 助宗鱈が水揚げされる噴火湾

    噴火湾を臨む鹿部町で、昭和43年に創業し、噴火湾産の原卵を100%使用したたらこや明太子を加工しているのが「丸鮮道場水産」です。

    実は、日本国内で流通しているたらこ製品の約90%は、ロシア・アラスカ産の冷凍輸入原卵が使われています。そのため、貴重な北海道近海原卵のみを使ったたらこは“プレミアムたらこ”ともいわれています。

    同社の道場登志男常務に話を伺うと「価格競争は大手の会社がされるので、うちみたいに小さな会社は、何よりもお客さんが喜ぶものを作っていくべきだと思っています。地元で捕れたものを評価していただくことは、鹿部全体を盛り上げることにつながります」と、地域に根ざした商売を理念に掲げています。
  • 噴火湾産原卵で作られたたらこを箱詰めする作業

    目の前の噴火湾で
    水揚げされる
    助宗鱈の「生たらこ」
    丸鮮道場水産のすぐ脇の噴火湾で、刺し網漁によって水揚げされる助宗鱈。刺し網漁とは、海面に向かって縦に差し込むような形で網を張り、助宗鱈の群れを一網打尽にする方法です。

    網は仕掛けたあと、5度以下の低温で1日放置されたまま、翌日巻き上げられるので、助宗鱈は息絶えた状態になります。さばいてから数日寝かさせるマグロなどと同様に、体内の成分が、イノシン酸やグルタミン酸という旨味成分に変わって、おいしいたらことなります。
  • 着色料や添加物をほんの少量しか使用しないので、
    色も自然なピンク色をしている

    プチプチっと耳元に音が聞こえるほどに弾ける食感
    水揚げされた「生たらこ」は、採卵後すぐに塩蔵するので、たらこ本来の粒子が損なわれません。皮もしっとりと薄く、プチプチとしたはじけるような粒子の食感がしっかりと感じられます。

    輸入冷凍魚卵を加工する場合は、通常8%程度の塩を加えますが、近海原卵は素材自体にしっかりと旨味があるので、塩分を4%に抑えることができます。添加物も最小限に抑えてあるので、原卵本来のおいしさが口いっぱいに広がります。

    道場水産では、たらこが等級別に分けられ、通常の「特々」が300g1,880円(税込)、塩と水だけで漬け上げる完全に無添加・無着色のたらこが300g1,950円(税込)で店頭販売されています。

    鹿部の水産加工業者は7軒ほどありますが、ホタテ養殖と助宗鱈漁が2本柱となっており、道場水産のように、鹿部産の助宗鱈だけをメインに加工販売している業者は珍しいです。それは助宗鱈漁が11月中旬くらいから始まり、12月にピークを迎えたあと、約2ヶ月あまりで終了するという短期集中型なので、資金繰りを考えるとリスクが大きくなるからです。
  • 粒感がしっかりとしたたらこは塩分控えめで、たらこ単品でも丸ごと1本食べられる

    「10数年前に噴火湾が大不漁の年があり、年間の漁獲量がどうしても足りなくなってしまったんです。それで業者さんには仕方なく、輸入ものを使うと説明しましたが、やはりそれまで購入してくれたお客さんには、魅力を感じてもらえなかったようでした。それからは、せっかくこれまで築いてきたものを守り抜こうと思い直し、道産のみの原卵を使うことに決めました」と道場常務。

    ここ数年、東日本大震災などで、再び獲高が落ちこんだりしたことがありましたが、道場水産では「お客様に満足していただく製品作りをしたいから、そこは今後も踏ん張っていきたいと思います」と力強く語ってくれました。確かに一度味わえば、味や食感は忘れられないほど違いが感じられるので、リピーターの方々が多いのも大いに納得できます
  • 丸鮮道場水産
    【住所】北海道茅部郡鹿部町字宮浜194-2
    【電話】0120-47-2523(フリーダイヤル)
    【営業】9:00~17:00 年末年始のみ休業

有名シェフによる助宗鱈の新たな魅力

  • 北海道の素材を使った極上フレンチで知られる
    オーナーシェフの松永和之さん

    函館の閑静な住宅街で、一軒家のフレンチレストラン「L’oiseau par Matsunaga ロワゾーパーマツナガ」を構えるオーナーシェフの松永和之さん。松永シェフは東京にある「ラ・ロシェル南青山」で坂井宏行シェフや石井義昭シェフのもとで7年半修業した後、渡仏。フランスのミシュランガイドに掲載されるような数々の有名レストランで、研鑽を積みました。

    帰国後は、奥様の故郷・函館でオープンさせた自身の店「L’oiseau par Matsunaga ロワゾーパーマツナガ」も、「ミシュランガイド北海道2017特別版」で一つ星に輝きました。オープン当初は手探り状態で、食材の調達にも苦労されました。今では函館で水揚げされる旬の魚介類や、契約農家の野菜など、北海道の素材を90%以上使ったオリジナリティ溢れるスペシャリテを提供してくれます。

    「本来、四季というものは春、夏、秋、冬の4分割ですが、北海道の場合は8分割くらいの勢いで移り変わっていくので、メニューも8分割に分けています。最初の頃は、冬野菜のほとんどを本州から取り寄せていましたが、今では地元の食材を最大限に活かしたメニュー構成にしています。季節の果物も、収穫した際に使い切るのではなく、コンポートやジャムにして保存し、ソースに混ぜたり、デザートとして登場させたりもします。冬は、北海道で手に入る根菜類や越冬野菜を中心に、函館ならではのメニューを出すようにしています」という松永シェフ。

    トリュフやキャビアなど、フレンチ特有の食材は海外から仕入れますが、それ以外のほとんどは北海道で手に入る食材に創意工夫をほどこし、松永シェフならではのスペシャリテに仕上げます。
  • スーパーなどで販売されている乾燥させた助宗鱈

    フランス料理で助宗鱈の
    可能性を広げる
    助宗鱈のたらこやしらこ以外の切り身は、味噌汁や味噌煮、唐揚げなど、庶民的なメニューとして親しまれています。乾燥させた助宗鱈は、あぶってマヨネーズなどをつけて食べられることが多い身近な素材です。

    当然ながら、フランス料理はもとより、レストランのメニューとしても馴染みのない食材です。レストランでホールスタッフをされている松永シェフの奥様は函館出身ですが助宗鱈を使った洋風メニューには出会ったことがなかったそう。でも、今回、松永シェフは、北海道の地元の食材として助宗鱈にひと手間を加え、極上のフレンチに仕上げました。
  • コース料理の一品
    「助宗鱈と北海アサリを使ったクラムチャウダー」

    丁寧に抽出した出汁から
    作る
    クラムチャウダー
    一品目は、寒い冬にうれしい助宗鱈を使ったクラムチャウダー。アサリの1.5倍くらいの大きさがある「北海アサリ」と白ワインを使った出汁に、水で戻した乾燥助宗鱈とコンブの出汁を合わせた和風のスープがベースになっています。いわば、フランス料理でいうところの魚の出汁「フュメ・ド・ポワソン」です。

    これに、北海道ならではの越冬のジャガイモやニンジンを入れて煮込みます。
    「ジャガイモの甘さが違うんです。通常のクラムチャウダーだと、煮崩れてしまい、ジャガイモの良さが出ないので、もう少しゴロッとした状態のままで入れ、具を食べるという発想のスープにしました」(松永シェフ)

    食べてみると、なんとも上品な味わい。優しくも滋味深いスープに仕上がっていて、助宗鱈の新たな魅力が見事に引き出されています。また、ジャガイモや大アサリも具としての存在感をしっかりと発揮していて、まさに“食べるスープ”として完成されていました。
  • コースの中の一品
    「函館産ブリの燻製とビーツ、ローストした鹿部産
    乾燥助宗鱈のパウダー」

    オーブンで焼き上げ、
    粉末にしてトッピング
    した一品
    続いてのメニューは、函館で捕れた寒ブリを燻製にしたオードブル「函館産ブリの燻製とビーツ、ローストした鹿部産 乾燥助宗鱈のパウダー」です。乾燥助宗鱈を130度のオーブンで焼き、ミルミキサーで粉末状にします。その香ばしい粉を、カラフルなハーブやビーツ、エディブルフラワーと共にブリの上にトッピング。まるで花畑の上にパウダースノーが積もったような芸術的な仕上がりです。

    ブリの横に添えられた「クロサンゴ」というトゲの尖ったキュウリ(写真左上)や、甘みの強いプチトマトのアイコも、北海道の契約農家で穫れたもの。見た目だけでも心ときめくオードブルですが、さらに口の中に運ぶと、燻製したブリと乾燥助宗鱈、ハーブの香りが爽やかに鼻を抜け、すばらしいハーモニーを醸し出します。これらの助宗鱈を使ったオリジナルメニューは、7,200円~(税抜)のおまかせコースのなかで登場します。
  • 窓が大きく取られた店内からは、庭が見える

    ゆったりとしたテーブル間隔の優雅な店内には個室も完備。函館で味わえる松永シェフならではのフレンチには、遠方からやってくる美食家だけではなく、今や地元でも大勢のファンがついています。

    「気軽にフランス料理を味わってほしいです。僕が働いていたフランスの高級レストランでは、赤ちゃんを連れたファミリーもよくいらっしゃっていました。うちも小さいお子様をお連れのお客さまも大歓迎です」と松永シェフ。
    松永夫妻の温かいホスピタリティも、この店の人気の秘訣です。

    函館に店を構えて早5年、地元の業者とのネットワークも広げながら、北海道の食材と真摯に向き合い、心のこもった料理を手がけてきた松永シェフ。今回の助宗鱈の新メニューには、意外な調理法に驚かされましたが、今後もさらに地元の食材のすばらしさを引き出してくれそうです。
  • オシドリ夫婦である松永シェフと奥様の美保子さん