札幌・函館

HOKKAIDO

北の大地で体験する
函館・札幌の
食文化に触れる旅

本州の最北端にあり、日本海・太平洋・オホーツク海に囲まれた北海道は、海の幸の宝庫です。その豊かな幸の中で、今や国内産はわずか10%以下の流通量になったといわれている「助宗鱈(スケソウダラ)」の卵や、北海道の先住民族といわれるアイヌが深く関わってきた「鮭」に焦点を当てて紹介します。

函館では北海道近海原卵のみにこだわった、たらこの加工業者や、助宗鱈を使用し斬新なメニューを提供するフレンチレストランへ。

札幌では日常の食卓に上がる鮭を「神の魚」として愛でてきたアイヌの歴史をひも解こうと、サケに特化した水族館や、アイヌの精神を受け継ぐオーガニックのレストランに伺いました。

アイヌの文化から感じる
水と大地、そして命
/札幌

先住民族・アイヌの
食文化から
ルーツを辿る

  • 季節のうつろいを感じさせる美しい支笏湖

    野生の動植物の採集狩猟や漁労で生活をしていたアイヌの人々。
    彼らが千歳川の流域に集落を構えたのは、生活水の確保と航路としての利用、そして主食や保存食としての鮭が必要不可欠だったからです。

    その千歳川の源流となるのが、「シコツコブルー」として澄んだ水の色が評される支笏湖です。「支笏(しこつ)」の地名は、アイヌ語のシ・コツ(大きい凹地、または谷)で、もともとは支笏湖を指すものではなく、支笏湖から流れ出る千歳川の凹地を示す地名でした。

    支笏湖は、秋田県の田沢湖に次いで2番目に深い湖であり、環境省の公共用水域水質検査によると、湖沼としては10年連続で日本一の水質を誇っています。千歳川が、10万人規模の都市を流れているにも関わらず、透明度が高いのは、まさに支笏湖のおかげです。

    そのきれいな水を求め、鮭が千歳川を遡上します。
    アイヌの人々は自分たちが食す分だけを、木の先にカギモリを付けた道具「マレク」で捕って食料とし、鮭の皮で、服や靴などの日用品を作りました。また、火でいぶした鮭は、北の大地で越冬するアイヌの人々にとっての大切な保存食にもなります。彼らは水や大地の恵みに感謝しながら、独自の文化を育んでいきました。
  • 千歳川に遡上してくる鮭は、
    千歳の風物詩となっている

    「神の魚」と呼ばれ
    重宝されていた鮭
    アイヌと鮭のルーツを辿るべくやってきたのが、千歳にある「サケのふるさと千歳水族館」です。ここでは、四季折々に移り変わる鮭や淡水魚の興味深い生態が観察できます。
  • 日本最大級の淡水魚水族館
    「サケのふるさと千歳水族館」

    水族館の前に流れる千歳川には、夏から冬にかけて、鮭を捕獲するための「インディアン水車」と呼ばれる捕魚車が設置されます。年間およそ20万尾の鮭が捕獲され、遡上の時期は地元の人々や観光客で賑わいます。
  • 水族館の前を流れる千歳川に
    設置されたインディアン水車

    水族館の「水中観察ゾーン」では、大きな観察窓から、千歳川の水中を直接のぞくことができます。春は稚魚の旅立ち、夏はウグイの産卵、秋は鮭の遡上と、清流の季節感をリアルに感じることができます。また、「サーモンゾーン」にある巨大水槽でも、鮭の稚魚や成魚、大きなチョウザメ、幻の魚イトウなどが観察できます。
  • 「なるほど!?サーモンルーム」というブースでは、鮭の生態や放流事業の歴史、調理法だけではなく、アイヌ文化の歴史も紹介されています。

    鮭は、身や内臓をいただくだけではなく、皮に至るまで、すべてを無駄なく使えるというまさに神の恵みを受けた魚です。懐の深いアイヌの人々は、自分たち人間だけではなく、飼っていた犬や、周りにいるキツネやカラスにも鮭を分け与えていました。

    たとえば鮭を三枚におろす際にも中骨に身を残し、他の動物にもおすそわけをします。自然と共存してきたアイヌの人々の暮らしは、物に溢れた現代を生きる私たちに大切な気づきを与えてくれます。
  • 千歳川とつながっている
    「水中観察ゾーン」

    高さ5m、幅12mの巨大水槽が
    ある「サーモンゾーン」

  • 鮭の皮で作られた
    アイヌのケリ(靴)

    自然界からの恵みを
    神として敬う精神
    アイヌの人たちに深く根づいているのは、自然界の多くのものを神や霊の化身として敬うというアニミズムの思想。秋には鮭の豊漁を祈るカムイノミ(神への祈り)という儀式や、その年最初に捕れた鮭をカムイに捧げる儀式「アシリチェプノミ(新しい鮭を迎える儀式)」などを行ってきました。

    新政府が設けられた明治以降、鮭の全面禁漁に伴い、この儀式は一旦なくなりましたが、アイヌ民族の復権が呼びかけられ、1982年に札幌の豊平川の河川敷で「アシリチェプノミ」が復活し、現在も毎年開催されています。
    また、千歳川でも毎年9月の第1日曜日に 「アシリチェプノミ」 が行われます。こちらでは、アイヌの古式舞踊「ウポポ」や「ホリッパ」が披露されます。
    鮭のマレク漁のデモンストレーションでは、希望者は漁を体験することもできます。
  • サケのふるさと 千歳水族館
    【住所】北海道千歳市花園2丁目312 サーモンパーク内
    【電話】0123-42-3001
    【営業】 9:00~17:00
    【休館日】 12月29日~1月1日 ※その他、冬季整備休館日あり
  • 大根の「紅くるり」や「紅化粧」
    などの珍しい野菜も並ぶ

    近世以前から
    自ら野菜を育てて収穫
    狩猟採集民であるアイヌの人々ですが、すでに近世以前に、自分たちで農耕を営んでいたことが、洞爺湖町の高砂貝塚や、伊達市のポンマ遺跡やオヤコツ遺跡などの畑跡の研究によって明かされてきました。

    江戸時代に入ると、ヒエ、アワ、キビ、ソバ、マメだけではなく、ジャガイモ、ダイコン、ネギ、キュウリなどの野菜も自分たちの手で栽培するようになります。

    千歳水族館で鮭についての知識を深めたあとは、ぜひ隣接する「道の駅サーモンパーク千歳」の物販コーナーへ。ここには、地元の越冬野菜や、鮭を干した鮭トバなど、千歳の名産品が揃っています。
  • 道産の米やそば粉、
    採れたて野菜などが
    ずらりと並ぶ道の駅の物販コーナー

  • 道の駅
    サーモンパーク千歳
    【住所】 北海道千歳市花園町2丁目4-2
    【電話】0123-29-3972
    【営業】 9:00~18:00 (一部店舗は20:30まで) 年末年始のみ休業

アイヌの真髄を現代に
アレンジした調理法

11月3日、札幌の宮の森に新しくオープンした「Organic Kitchen Chikyu」は、北海道産のオーガニック食材にこだわったレストラン。
オーナーの石田香織さんが提供してくれるのは、アイヌのアニミズムの精神を継承した「命をつないでいく料理」です。

  • 店をプロデュースした石田香織さん

    自然とともに生きる精神を食を通して伝えること
    15年ほど前に、ゴミ拾いや植林活動などの環境ボランティアをしていたことがきっかけで、アイヌの文化に興味を持ったという石田さん。
    「たまたま北海道の先住民であるアイヌの人たちの話を聞く機会がありました。今あるものに感謝しながら、必要な分だけいただく。ミニマムな暮らしのほうが、環境にやさしいと実感しました」

    アイヌだけではなく、世界中の先住民族の文化を勉強してきた石田さんは、どの国の人も同じように「自然と共に生きる」という文化が深く浸透していることを実感します。

    「その精神をどのように人に伝えられるかと考え、私は食と音楽でつなげようと思いました。アイヌの音楽を演奏してくれるアーティストをオーガナイズし、そこでアイヌ料理を提供しながら、アイヌ文化に触れてもらうようなイベントをずっとやっていました」

    その後、石田さんは札幌の中心部でオーガニック居酒屋「粋ラボラトリー」を8年営んだあと、少し離れた宮の森に店を移店させ、今度は「食を通じて持続可能な社会を作る」をコンセプトにした新店「Organic Kitchen Chikyu」をオープンさせました。
  • 北海道の下川町の材木を
    ふんだんに使った店内

    道北の下川町の白木を使った店内には、手作りの家具が配され、窓から入る日差しも心地良いです。各テーブルには、セン、タモ、ハン、シラカバ、イタヤ、ニレ、クルミなど、それぞれ異なる木材が使用されています。
  • コース料理の一品
    「チェプオハウ
    (鮭と根菜の温かい汁物)」

    北海道のオーガニック素材の魅力
    石田さんが手掛けるのは、安心して食べられる地元の食材を使用した滋養のある料理。道産の有機野菜や、厚真町産の放牧豚、十勝産の地鶏、手作りの発酵食品を使った体が喜ぶ料理がいただけます。米も3日以上発酵させた北海道産の「発酵玄米」を提供。もちもちとした食感で、通常の玄米よりも消化に良いのが特徴です。

    この店でぜひ味わっていただきたいのが、アイヌ料理をリクエストできる4,500円(税抜)~のコースです。たとえば、鮭と根菜の温かい汁物「チェプオハウ」や、イクラとマッシュポテトを和えた「チポロラタシケブ」など、アイヌの伝統料理をアレンジしたオリジナルメニューが登場します。
  • コース料理の一品
    「チポロラタシケブ
    (イクラとマッシュポテトの
    和え物)」

    「今でこそ、味噌や醤油など色々な調味料がありますが、大昔は塩さえありませんでした。その時代に、アイヌの人たちが厳しい寒さを乗り越えるために食べていたのが、素材だけを煮た温かいスープ(オハウ)です。店で出す時も、できるだけシンプルに塩のみで味付けし、鮭や根菜類本来が持つ旨味を引き出すようにしています」

    「今でこそ、味噌や醤油など色々な調味料がありますが、大昔は塩さえありませんでした。その時代に、アイヌの人たちが厳しい寒さを乗り越えるために食べていたのが、素材だけを煮た温かいスープ(オハウ)です。店で出す時も、できるだけシンプルに塩のみで味付けし、鮭や根菜類本来が持つ旨味を引き出すようにしています」

    「また、『チポロラタシケブ』のチポロは魚の卵、ラタシケブはつぶして和えるというアイヌ語です。北海道はジャガイモだけでも20~30種類あり、それぞれに味が違う点も面白いと思います」(石田さん)

  • コース料理の一品
    「シケレペ(キハダの実)を使った
    厚真町産の放牧豚のグリル」

    肉は、放牧豚や地鶏の他、冬は鹿肉などのジビエ料理もメニューに加わりますが、いずれの畜産物も遺伝子組み換えをした餌を食べていないものなどを仕入れています。それを、「シケレペ」というキハダの実で香り付けしたり、炭火で炙ったり、味噌やオーガニックの酒粕につけて焼いたりしたものがメインディッシュとなります。

    限りある地球から与えられた食べ物を尊び、おいしく味わう。アイヌの食文化は、現代人が忘れかけている大切な価値観を再び呼び起こしてくれそうです。札幌の中心地から少し離れ、自然派のレストランで自分自身をリセットする時間を作りに行きませんか。

    ※アイヌの文化に関しては諸説あります